ダーデンの死んだ牛の肉ブログ

シドニー生まれの日本男児

亡国のパラドックスをメタ化せよ

ごきげんよう、ダーデンです。

国民の多くが、現政権に期待していた果たすべき役割はなんだったのか。それには大まかに三つある。一つ目はデフレ脱却、二つ目は主体的な安全保障政策の追求、三つ目は健全なナショナリズムの定着である。実はこの三つが達成できれば、あべぴょんが叫ぶ戦後レジームからの脱却はかなり近づく。逆に言えば、この三つができなければ、何もできない。ふたを開けてみれば現政権は長期政権に突入している。そこで、この三つの役割が実際に達成できているのか。答えは、残念ながらどれ一つを取っても十分に達成されていない。

デフレ脱却に関して、国民の実質消費は減り続けている。インフレ率2%目標も達成されていない。主体的な安全保障政策はどうか。積極的な国際貢献と言っているが、これは事実上「アメリカの国際戦略に付き合います!」と宣言しているようなものだ。まさに対米ケツ舐め路線は崩していない。健全なナショナリズムはどうか。戦前を称賛するという動きがある一方で、戦後70年談話がいい例であるが、戦後の日本の在り方を肯定しようという動きも強いのだ。健全というよりバランスが取れていないヘタレナショナリズムである。

ここで、本来は経済学の概念として提唱されている経路依存性について考えてみよう。これは、過去の経緯、ないし偶然によって、いったん特定の方向性が出来上がると、その方向性を維持しつづけようとする傾向(自己強化メカニズム)が生じることである。方向性が維持される期間が長くなればなるほどに、自己強化メカニズムも強まる。戦後保守についてもこの理論を当てはめて説明できる。確かに、自民党の結党の際にナショナリズムを唱えている。これは一連の文章を見れば明らかである。

しかし、その一方で戦後日本のナショナリズムというのは親米が大前提であった。つまり親米であるというのは、戦後レジームの肯定なのだ。お気づきだとは思うが、ナショナリズムの否定も中にはらんでいる。それに加えて、アメリカがグローバリズムを推進すると言えば、付き合わなければいけない。そもそも、戦後日本の保守の在り方というものが矛盾しているのだよ。

冷戦の終結から、シナの台頭、アメリカの相対的な没落など、様々な要因によってこの矛盾の亀裂がだんだん拡がってきている。つまりこの状況下において依然として経路が存在している。それは戦後日本の経路である。この経路依存性のもたらす結果は、現状を肯定・維持するしかなくなる閉塞感、もっと望ましい方向性への転換ができなくなる非効率化なのだ。最初に申し上げた国民が期待する現政権が担わなければいけない役割、目標を達成できずにいるということは、経路依存性で説明がつくのである。

安定した政権運営をしようと思うなら、口先だけでナショナリズムを唱え、グローバリズムを推進し、対米ケツ舐め路線を突っ走る以外ないのである。これが本質的な問題点なのだ。この経路の強靭性を舐めてかかっていると、戦後レジームからの脱却は不可能である。つまり、経路から脱却できない限り絶対に変わることはない。ここでもう一つ、見苦しい国内政治をめぐる責任は、与党、野党、国民のどれに関しても等しいという原則がある。この点を押さえておかなければ、政権交代さえ起きれば政治が良くなると信じ込むハメに陥るのである。

この経路から脱却するための起爆剤となるのが、実は野党なのである。今の日本で健全なナショナリズム、主体的な安全保障政策、積極財政に基づく成長戦略、この三つの柱を持った政策体系を打ち出す野党が出現すれば脱却は近づく。だが、今のミンシン党を筆頭とした野党が、この三本柱を打ち出してくれる可能性は限りなくゼロに近い。

なぜなら、左翼、リベラルにも同じく経路依存性があるからなのだよ。愛国心はダメ、ナショナリズムもダメ、9条守れ、絶対平和主義、財政規律主義ないし財政均衡主義をほざいてきたお花畑連中に健全なナショナリズム、主体的な安全保障政策、積極財政による成長戦略など提唱できるわけがあるまい。

現政権最大の支持団体がミンシン党といってもジョークには聞こえない。笑えない。現政権の緩み、すぐケンカ腰になる答弁、言葉の乱れ、スキャンダル、右も左も互いに足を引っ張ってレベルを下げ合う状態になってしまっている。全体でこの腐った政治をメタ化してとらえることからはじめなければいけない。終わりは近い。