ダーデンの死んだ牛の肉ブログ

シドニー生まれの日本男児

「KAMIKAZE」と「KAROSHI」

ごきげんよう、ダーデンです。

過労死という日本特有の社会問題が取り上げられるようになったのは1980年代後半ぐらいからです。それまで、「突然死」という呼称しかなかったのが、先見性を持った医師たちにより、「過労死」と名づけられました。そして、この「過労死」は「KAROSHI」として世界に認知されるようになりました。この単語が英語辞書にも載っていることをご存じの方もいるでしょう。世界の先進国からすれば、極めて特殊な事態だったと言えます。それから22年以上経った今も過労死はなくなりません。

武士道や、「カミカゼ」という特攻隊などから、日本人は意志が異常に強いというイメージを持っている外国人もたくさんいます。だが、日本人がそうした強さを見せるのは、長い日本の歴史でごく僅かです。サムライ的に意志は強いが、押しは弱いのです。それはペリー来航の時に股を開いてしまった日本人を見ても分かります。なにやらデカいまっ黒な船でやってきたもち肌で天パのペリー提督がいきなり脅しつける強引さにビビったからだと思います。

日本人は、下手に出たり丁寧に頼んでもらちが明かない。脅すのが一番であると考えたのがペリー提督です。まあ、ペリー提督がやってくるまで、アメリカは二度も開国を求めています。一度目は民間商船に、二度目はビッドル提督に。ペリー提督は前者から教訓を学んでいたのでしょう。福沢諭吉は、押しが弱い、押されることに弱くすぐあきらめてしまう日本人の姿を卑屈だと嘆きました。

外交が低迷し、苦しくなった日本人が国家総動員全体主義を煽り、作り出された一つが、「カミカゼ」という特攻隊です。日本人は非常に過酷な状況にのみ現れる特殊なメンタリティを利用してきました。だからこそ、日本人は戦う必然性が失われると、途端に強いメンタリティが失われてしまう。サムライも日本人がもともと強かったら、武士道のようなものを叩き込んで戦う意味を明確にする必要はない。武士道のような指針がなければ、みんな戦わないで逃げてしまう弱さがあったのではなかろうか。

日本人は押しは弱いが、意志が弱いわけではないと思います。もし意志まで弱ければ日本はここまで発展しなかったはずです。意志が強いのに人には強く意見を言うことができないのは、要するに村八分を恐れているからです。とにかく自分の所属する集団から嫌われて追い出されるのを極端に嫌います。ディベートができない理由もここにあります。そもそも交渉が苦手なので、争いを避けようとして自分の身を犠牲にしてしまいます。切腹、特攻、玉砕、そして増え続ける自殺の根底にあるものが見えてきたはずです。

日本文化には自死を美徳とする美意識が存在しています。負けるのが確実な戦いで敵陣に突っ込んで死ぬというのは、戦力の弱さをよく現していると思います。無茶で悲惨な行動というのは、力を持たない人間がとれる唯一の方法です。玉砕も特攻も切腹も自殺も根底にあるメンタリティは同じです。押しが弱いからこそどうにもならない状況に陥りハラキリをするのです。

日本の自殺が特殊なのは物理的、金銭的に余裕であっても自殺してしまう人が多いことです。もちろんどこの国でも精神的に追い詰められて自殺する人はいますが、それは本当に生きていけない理由がほとんどです。「世間に顔向けできないわ!」という言葉があるように、日本人は個人として生きていけず、世間という集団の中で生きていくことしかできません。申し訳ないと言いながら自ら命を絶つ「申し訳ないスーサイド」の背景には、強力な「世間」があるわけです。