ダーデンの死んだ牛の肉ブログ

シドニー生まれの日本男児

亡国のパラドックスをメタ化せよ

ごきげんよう、ダーデンです。

国民の多くが、現政権に期待していた果たすべき役割はなんだったのか。それには大まかに三つある。一つ目はデフレ脱却、二つ目は主体的な安全保障政策の追求、三つ目は健全なナショナリズムの定着である。実はこの三つが達成できれば、あべぴょんが叫ぶ戦後レジームからの脱却はかなり近づく。逆に言えば、この三つができなければ、何もできない。ふたを開けてみれば現政権は長期政権に突入している。そこで、この三つの役割が実際に達成できているのか。答えは、残念ながらどれ一つを取っても十分に達成されていない。

デフレ脱却に関して、国民の実質消費は減り続けている。インフレ率2%目標も達成されていない。主体的な安全保障政策はどうか。積極的な国際貢献と言っているが、これは事実上「アメリカの国際戦略に付き合います!」と宣言しているようなものだ。まさに対米ケツ舐め路線は崩していない。健全なナショナリズムはどうか。戦前を称賛するという動きがある一方で、戦後70年談話がいい例であるが、戦後の日本の在り方を肯定しようという動きも強いのだ。健全というよりバランスが取れていないヘタレナショナリズムである。

ここで、本来は経済学の概念として提唱されている経路依存性について考えてみよう。これは、過去の経緯、ないし偶然によって、いったん特定の方向性が出来上がると、その方向性を維持しつづけようとする傾向(自己強化メカニズム)が生じることである。方向性が維持される期間が長くなればなるほどに、自己強化メカニズムも強まる。戦後保守についてもこの理論を当てはめて説明できる。確かに、自民党の結党の際にナショナリズムを唱えている。これは一連の文章を見れば明らかである。

しかし、その一方で戦後日本のナショナリズムというのは親米が大前提であった。つまり親米であるというのは、戦後レジームの肯定なのだ。お気づきだとは思うが、ナショナリズムの否定も中にはらんでいる。それに加えて、アメリカがグローバリズムを推進すると言えば、付き合わなければいけない。そもそも、戦後日本の保守の在り方というものが矛盾しているのだよ。

冷戦の終結から、シナの台頭、アメリカの相対的な没落など、様々な要因によってこの矛盾の亀裂がだんだん拡がってきている。つまりこの状況下において依然として経路が存在している。それは戦後日本の経路である。この経路依存性のもたらす結果は、現状を肯定・維持するしかなくなる閉塞感、もっと望ましい方向性への転換ができなくなる非効率化なのだ。最初に申し上げた国民が期待する現政権が担わなければいけない役割、目標を達成できずにいるということは、経路依存性で説明がつくのである。

安定した政権運営をしようと思うなら、口先だけでナショナリズムを唱え、グローバリズムを推進し、対米ケツ舐め路線を突っ走る以外ないのである。これが本質的な問題点なのだ。この経路の強靭性を舐めてかかっていると、戦後レジームからの脱却は不可能である。つまり、経路から脱却できない限り絶対に変わることはない。ここでもう一つ、見苦しい国内政治をめぐる責任は、与党、野党、国民のどれに関しても等しいという原則がある。この点を押さえておかなければ、政権交代さえ起きれば政治が良くなると信じ込むハメに陥るのである。

この経路から脱却するための起爆剤となるのが、実は野党なのである。今の日本で健全なナショナリズム、主体的な安全保障政策、積極財政に基づく成長戦略、この三つの柱を持った政策体系を打ち出す野党が出現すれば脱却は近づく。だが、今のミンシン党を筆頭とした野党が、この三本柱を打ち出してくれる可能性は限りなくゼロに近い。

なぜなら、左翼、リベラルにも同じく経路依存性があるからなのだよ。愛国心はダメ、ナショナリズムもダメ、9条守れ、絶対平和主義、財政規律主義ないし財政均衡主義をほざいてきたお花畑連中に健全なナショナリズム、主体的な安全保障政策、積極財政による成長戦略など提唱できるわけがあるまい。

現政権最大の支持団体がミンシン党といってもジョークには聞こえない。笑えない。現政権の緩み、すぐケンカ腰になる答弁、言葉の乱れ、スキャンダル、右も左も互いに足を引っ張ってレベルを下げ合う状態になってしまっている。全体でこの腐った政治をメタ化してとらえることからはじめなければいけない。終わりは近い。

映画「La La Land」は想像以上に「人生」だった。※ネタバレあり

ごきげんよう、ダーデンです。

週末、パートナーと一緒にイチャコラしながらデミアン・チャゼル監督の映画「La La Land」を鑑賞してきた。アカデミー賞最多14ノミネートした作品である。しかしまあ、第89回アカデミー賞授賞式は見るに堪えなかった。アカデミー賞は多かれ少なかれ政治色があるのが特徴だが、今回は最初から最後までトランプ大統領叩き一色だった。ノミネート作品を取り違うなど、とんでもないミスも勃発。アカデミーの権威は没落し、完全に偽善リベラルの政治遊びの場になってしまったんだなあと思った次第である。視聴率も過去最低を記録した。

「茶番デミー賞ここに極まれり」

さて、本題の映画「La La Land」についてだが、この題名の意味「La La Land」について辞書を引いてみよう。

〈米俗〉〔麻薬や酒に酔ったときに味わう〕陶酔境、恍惚、我を忘れた境地◆La-La Landとも表記される。

〈米俗〉ハリウッド、ロサンゼルス◆ロサンゼルス全体を指すこともあるが、特にハリウッドについて使われる場合が多い。<引用元>

決して、場末のストリップ劇場の名前などではない。あるかもしれないけど。つまり、ミアとセブが夢を追い求めてやってくる街ロサンジェルスの愛称 L.A.が楽園としてイメージさせる意味も含んでいる。この映画はジャズ・ミュージカルとして、劇中に突然歌って踊るわけだが、なぜ映画「La La Land」はミュージカルなのか。

言語と歌は元々違っていて、「悲しい」という言語を聴いても悲しくならない。だが、悲しい歌を聴けば感情が揺さぶられて悲しくなる。つまり、感情を巻き込んで、ある種現実を忘れさせてしまうのが歌である。「ミュージカル=忘却」なのだよ。

はっきり言ってしまえば、映画「La La Land」は、テリー・ギリアム監督の「未来世紀ブラジル」、デイヴィッド・リンチ監督の「マルホランド・ドライブ」を彷彿とさせる夢落ち映画なのだ!もしかしたら、あり得たかもしれない「人生」を後悔し振り返る。もし、そこに行っていたら...もしあの時ああしていれば...今の人生の幸せを増幅させたいがためのスパイスとして、慙愧の念が現実と夢を行き来する。

これは、ここ30年間の今風映画によく使われるプロットである。映画「La La Land」は、古い映画に対する様々なオマージュがちりばめられている。1964年のフランス映画「シェルブールの雨傘」や1950年のアメリカ映画「サンセット大通り」などのたくさんの映画に言及している。これも映画「La La Land」の重要なポイントである。

セブはジャズ・ミュージシャンを目指してロサンジェルスにやってくるが、世の中もうジャズ音楽なんて古い。誰もアートとしての音楽なんて望んでいない。誰にでも受け入れられるただの娯楽としての音楽しか探されない。そこで、セブは娯楽バンドに誘われて身を立てていくことになる。そこのプロセスで描かれるのは、今まで青臭いファッションに身を包んでいたセブが、だんだん黒っぽい大人なファッションに変わっていく。ある種社会に適応することで、一人前の大人になっていくイメージが描かれる。

これは表現者に向けたメッセージではなかろうか。つまり、映画を作る側である。「活動写真」というのは半分アートだった。それが今や大量生産のただの娯楽に変わってしまった。誰も頭を使わずに観ることができる映画が好まれる。そういった映画の歴史をセブの人生の遍歴に当てはめて表現している。映画を作ることが賞を受賞するためだけの目的になってしまった。観客の心に爪痕を残して考えさせる映画はもう受け入れられないのだ。しかし、映画「La La Land」には二重性がある。観客の多くにはただの娯楽として「ミュージカル=忘却」を提供する一方で、「活動写真」としての映画を取り戻そうというデミアン・チャゼル監督の思いが込められているのだ。

今の時代、忘却している場合でもないけれど、考えても解決できない問題が世界中に溢れている。人々はどうやって生きていったらよいのか、もがき苦しんで迷っている。映画「La La Land」はそれを肯定してくれているのかもしれない。あなた自身の「La La Land」を見つけてみてはいかがだろうか。人生。

 “Here's to the fools who dream. (夢見るすべての愚か者に乾杯)"

北のまさお暗殺の報道について

ごきげんよう、ダーデンです。

2月13日、まさおが女スパイによって暗殺されたという報道が駆け巡った。本当はまさおは死んでいない替え玉説も出てきている。それはさておき、日本の報道に対する違和感は前々からあったが、いや、呆れているが、まさお暗殺の報道ぶりを見ても危機感を感じざるを得ない。なぜか彼に「氏」が付いている。いやいや、日本にとって彼は容疑者である。マスメディアも日本人もみんな忘れているかもしれないが、偽造パスポートで日本に不法入国した犯罪者ではないか。なんとその時の小泉政権外務大臣であった田中真紀子氏は、まんまと罠にかかったまさおをそのまま帰してしまったのだ。ああ、日本は国家ではないのだなと改めて強く感じた次第である。

「日本に来た時」という表現もおかしいわけで、まさおは日本が好きでネズミーランドに行って楽しんだ、「まさおロス」「俺たちのまさお」など恐ろしくなるくらいどうでもいい情報ばかり流される。彼は不法入国者なのだよ。どうしてその重大な問題が議論されなかったのだろうか。いや、今もされていない。第三国のマレーシアで発生した暗殺事件に日本が大騒ぎしているのに、日本の法律を犯して不法入国したことに関して一切の沈黙を保っている。つくづく日本は不思議な国だ。このことに関してどこか一部の救いのあるマスメディアが報道してほしいという僅かな希望は幻想で終わりそうだ。

報道番組のバラエティ・ショー化は今に始まったことではないが、テレビで芸人やクソコメンテーターが、重大な事件をおもしろおかしくしたり顔でまったく的外れな解説をする。つまり、その程度の解説を聴かせておけばいいというような国民を愚弄するマスメディアには非常に危機感を覚える。受け取る側もそれが普通だと思っていることが日本全体が劣化している何よりの証拠である。トランプ大統領叩きの異常さからも解るが、日本のマスメディアの報道姿勢にも、はっきり申して危機感しかない。

バランス・オブ・パワーの世界へ

ごきげんよう、ダーデンです。

20世紀における国家を超越した何らかの枠組みによる安定した世界秩序の形成という幻想が最終的に崩れつつある。これは、ヴェストファーレン体制以来の主権国家体制の復活ではなかろうか。結局のところ、国の枠というもは簡単に超えられないのだよ。第二次世界大戦後の自由主義諸国なるもののリーダーとして国境を越えた秩序を作ろうという姿勢を示してきたアメリカがこれを受け入れたのだ。

アメリカは我々の予想以上に衰退、没落していたのだ。トランプ新政権誕生について、反グローバリズムの潮流やポピュリズムの台頭であるといった捉え方がなされている。良い悪いの価値判断を抜きにして考えれば、トランプ新政権の性格と開発独裁の性格が似ているのではないだろうか。開発独裁というのは、途上国でよく見られる現象である。国が発展して繁栄するということを正当性のベースにする代わりに、政府に対して権威主義的なリーダーシップを持たせることである。つまり、既存のエスタブリッシュメントをぶっ壊すということなのだ。反対勢力に対しては強硬に対応する。

トランプ大統領は大統領選に出馬する前に、2014年のフォックス・ニュースのインタビューでこう答えた。「アメリカを救う道は何か。それは、経済が壊滅的に悪くなり、国中が地獄と化すならば、暴動を起こしてでも実力行使をしてでも、もう一度国が元に戻ろうとするはずだ。その時にアメリカは救われるのだ。」

トランプ新政権の首席補佐官であるスティーブン・バノン氏はこう答えた。「私はレーニン主義者だ。レーニンというのは、これまでの国の在り方をぶち壊したろ?私はこれをやりたいのだ。既存のエスタブリッシュメントをぶち壊したい。」

トランプ新政権は完全に開発独裁とまでは言わないが、持てる1%、つまり既存のエスタブリッシュメントが外国とつるんでアメリカを悪くしたと徹底批判している。アメリカ国内の労働者たちがさんざん割を食い大変な思いをしてきたのだ。それをトランプ新政権は変えようとしている。まともな反トランプ派は、同族支配、政界と経済界が癒着することによる利権構造の悪化、政治家が私服を肥やす危険性、国内の情報統制、国民の自由と権利の制限、アメリカを偉大にすると言いつつ国民が貧困化する危険性を叫んでいる。これは、権威主義型政権の弊害と一致するのだ。つまり、なぜトランプ新政権が支持されたのかだ。これは、実はアメリカは内実途上国化していることを表しているのではなかろうか。

権威主義政権がアピールするというのは国民がかなり疲弊しているときである。実際に、FRBが2013年からアメリカ国民の経済状態について調査したデータによるとアメリカ人の半数が400ドル(1ドル115円のレート計算で46,000円)の現金が必要になったときに、用意できない、あるいは借金するしかないと答えた人の割合が47%いることが明らかになった。ニューヨークの個人資産運用サイトのバークレイトが2014年に行った調査では、1000ドルかかる病院の救急医療が貯金で負担できる人の割合が38%、500ドルかかる車の修理が貯金で負担できる人の割合が同じく38%であった。ジョージワシントン大学オックスフォード大学プリンストン大学の合同調査によると突然の出費に対応するために1ヵ月間で2000ドル用意できるか調査したことろ、無理と答えた人の割合が25%、質屋に物を売るか、給与の前借をするしかないと答えた人の割合が19%、占めて44%である。

これらが意味するのはアメリカ国民の半数近くは、実質その日暮らしであるということだ。何か大きな出費があった場合に破産しかねない状況なのである。アメリカというのは、東西両沿岸部の都市部は繫栄しているが、そこに挟まれた地域、つまり、本当のアメリカがトランプ大統領を支持したのだ。この本当のアメリカが予想以上に疲弊していたのである。半ば途上国化していたと言っても過言ではない。だからこそ強いリーダーシップを持ったこれまでの既存のエスタブリッシュメントをぶち壊してくれるであろうトランプ大統領が誕生したのである。

しかし、日本は第二次世界大戦後ずっとアメリカに従属してきたのは事実だ。もはや日本はアメリカという「途上国」に従属してしまっている。アメリカと価値観を共有していれば、「win‐win」の関係になって日米同盟を基軸にしてアメリカについていけば大丈夫などとほざく能天気な時代は終わったのだよ。アメリカの内実が途上国化している状況を強力なリーダーシップを持った権威主義的な政権によってどうにか収拾しなければいけないところまできているとすれば、それは中国やロシアと内情は似ている。日本はかろうじて先進国としての体面を保っているとしても(日本も内実は衰退の一途をたどっているが)、米中露が途上国化すれば日本も引きずり込まれる。日本はジャパン・ファーストに本気で舵を切らなければ共倒れになることは間違いないのだ。

トランプ新政権発足!戦争は既に始まっている

ごきげんよう、ダーデンです。

トランプ政権が正式に発足した。ダウ工業株30種平均が初めて2万ドルの大台に乗った。TPP永久離脱、メキシコとの国境に壁を造る、テロの恐れのある地域からの移民受け入れを原則禁止など、就任した後に100日間で行う公約を着々と進めている。正に有言実行の大統領である。メディアは相変わらずトランプ大統領の重要な発言を無視している。お得意の報道しない自由だ(笑)ところでみなさんはトランプ大統領就任式の演説を視聴しただろうか。メディアの報道を見ていると極めて重要な発言を無視していることが分かる。

大統領就任式はトランプ大統領就任を祝う式典だけではない。アメリカの建国以来の新しい大統領の誕生を祝うことであり、それは、前大統領の治政から新大統領の治政へと移る区切りの儀式でもあるのだ。トランプ大統領に投票しなかった反トランプ派も実は就任式に出席しているのだ。だが、日本のメディアもアメリカのメディアもトランプ支持者だけが就任式に集まったかのように報道している。これはパーフェクトに間違いである。就任式に集まった人々はアメリカ建国以来の政治の原点を確かめにきた人々なのである。

当たり前のことだが、オバマ前政権からトランプ新政権に移るということは、両者がただホワイトハウスで握手しただけでは移らないのだ。就任式というアメリカ建国以来の伝統的な儀式によってアメリカ国民も大統領に就任した者も腑に落とすことができるのである。就任式の議事堂前に集まった人々もテレビで就任式のライブを見た人も、アメリカの大統領の交代ということを身体で感じることができる儀式が就任式なのだ。この儀式がなければ、アメリカの政権交代というものはスムーズには行かないのである。

民主党の議員が70人以上ボイコットしたと言われているが、はっきり申し上げれば議員の資格はない。自分たちの気に入らない人間が大統領になるからといって、アメリカ政治の原点である儀式をボイコットするというのは、自分自身がアメリカ政治の伝統を受け継いでいないということを表しているといっても過言ではない。これこそ、メディアが報じなければいけないはずだ。だが、メディアは、「民主党の議員たちが70人以上ボイコットしたのは如何にトランプ大統領が酷い大統領であるか」といった論調で報じるのだ。偏向報道ここに極まれり。お笑いだ。

オバマ前大統領の就任式とトランプ大統領の就任式に集まった群衆の数を比較した写真のフェイク・ニュースも話題になった。これもトランプ大統領就任式のライブを視聴していればすぐに問題点が分かるはずである。つまり、人々があまり集まっていない就任式が始まる数時間前の写真をわざわざ示して、トランプ大統領の就任式の時はオバマ前大統領の就任式の時よりも人々が集まらなかったというフェイク・ニュースを報道したのだ。就任式のライブを視聴していればほぼ人々で埋め尽くされていたのは分かるはずである。

メディアの歪曲報道は然るべき問題である。これはトランプ大統領に対する魔女狩り報道ではなかろうか。ありもしないあらゆる問題を取り上げてトランプ大統領を叩きのめそうと躍起なのだ。トランプ大統領を茶化す割には、シナのキンペーはスルーする(笑)お分かりであろう、アメリカのメディアも日本のメディアも統一されてた意思によって動いているのだ。トランプ大統領おろしは既に始まっているのだよ。これは第二のウォーターゲート事件である。WG事件もメディアのねつ造報道から事件が始まった。最終的にはニクソン大統領を引きずりおろすことに成功した。今回も同じことが行われている。トランプ大統領がメディアを総攻撃する理由もお分かりであろう。戦争は既に始まっているのだよ。

トランプ大統領は演説で、アメリカ・ファーストを強調した。つまり、アメリカ第一主義を掲げたのだ。他国に対して友好関係を求めるが、すべての国は自国の利益を優先する権利がある。つまり、すべての国が自国ファーストで国益を守ることを前提とした上で、アメリカ・ファーストを貫くということなのだ。しかし、アメリカのやり方を世界には押し付けないと言っているのだ。即ちどの国も自国のやり方を他国に押し付けるなというように捉えて間違いではない。それでこそ世界は良くなるはずだ。これはその通りである。今までアメリカ的価値を他国に押し付けてきたアメリカは終わりを迎える。

 メディアも日本も自立なくしてジャパン・ファーストはありえない。ジャパン・ファーストというのは、決して日本が正しいことでもない。日本が世界で一番だということでもない。日本は日本のことに責任を持つということなのだ。それが、アメリカ・ファーストに通じるジャパン・ファーストの意味である。孤立主義でも保護主義でもないのだ。世界の国がすべて自国ファーストになれば、利害の対立は起こっても、ディール(取引)が可能になる。日本は日本国民の国益というものに責任を持つことで、初めてトランプ大統領と交渉ができるのだ。日本もやっと自分の足で立つことができるチャンスがやってきたのである。

AMERICA FIRST!JAPAN FIRST!

 

今そこにある危機!追い詰められるトランプ大統領 

ごきげんよう、ダーデンです。

 トランプ氏が大統領になってしまっては困る人がたくさんいる。日本でも自称保守派と言われる知識人でさえ、トランプ氏が大統領になることに口をそろえて困ると言っているのだ。トランプ氏が大統領になったからといって、政策がトランプ・カラーに染まるわけではあるまい。むしろ、それを阻止する既存の古いエスタブリッシュメントの存在があるのだ。見方によっては、トランプ氏はかなり追い詰められた状況に置かれているのではないのだろうか。年末に発生したロシアによるゴールデン・シャワー・ハッキング事件。これもまさしくトランプ氏を追い詰める仕掛けである。既存の古いエスタブリッシュメントによる策略の一環であると思っている。

つまり、ロシアとの関係を改善させないために骨抜きにしようとしているのだ。お笑いだ。なぜなら、そもそもアメリカ自身が世界中をハッキングしているではないか。各国要人の盗聴やインターネットの監視など公然と行っているではないか。何も騒ぐことではないのだよ。ロシアがアメリカの大統領選挙に不正に介入し結果を操作したといわれているが、アメリカは民主主義を盾に世界の選挙に介入してきたことは周知のとおりである。自国を棚に上げて介入は民主主義への挑戦だ!などと、どの口が言えるのか。これもお笑いである。

オバマ政権下では、35人のロシアの諜報部員とされる大使館員を追放した。当然、ロシア側も反撃として、アメリカの諜報部員とされる大使館員を追放するのだろうと予想していたが、プーチン大統領は敢えてそれをしなかった。プーチン大統領の方が一枚上手だった。これで、トランプ大統領が正式に就任すれば政策通りにロシアの大使館員の追放を解除しやすくなるわけだ。つまり、プーチン大統領を追い詰めることは、トランプ氏を追い詰めることとイコールである。この工作が既存の古いエスタブリッシュメントによって行われているのだ。はっきり言えば、クリントン氏を支持した勢力がトランプ氏による政権運営を阻止する策略を次から次へと練っているのだよ。

歴代の大統領による政策は、決して大統領自身が決めているのではい。歴史を知れば東西冷戦終結後のアメリカによる国際干渉主義のやり方は、パパ・ブッシュ政権からオバマ政権まで変わりなく続いているのだ。背後にいる既存の古いエスタブリッシュメントが大統領を動かしてきた。大統領それぞれのカラーを出すことは可能だが、革新的利益に関しては、大統領でさえ権限はないといっても過言ではない。

日本のマス・メディアの右から左までグローバリストである。反グローバリズムは排他的な主張で大衆をアジテートするポピュリズムという価値判断はパーフェクトに間違いである。ブレグジット、トランプ氏の当選の本質はまさしく反グローバリズムなのだ。繰り返すが、それは必ずしもポピュリズムではない。世界を混乱に陥れたのは、まさしくグローバリストなのだよ。ヨーロッパはアメリカの対ロシア制裁、対シリア制裁に厭々ながら付き合ってきた。トランプ氏がそれをやめれば、米欧間に亀裂が生じるどころか、関係が良くなるのではないかと思っている。

難民問題はどうだろうか。これは既に人権、人道問題ではなくなっている。グローバリストの策略なのだよ。人権や人道を難民問題に結び付けることこそポリティカル・コレクトネスなのだ。マス・メディアはポリティカル・コレクトネスから抜け出したくない。なぜなら、今まで我々を洗脳してきたのがポリティカル・コレクトネスだからである。マス・メディアの欺瞞が暴かれつつあるのだ。

注意しなければいけないのは、トランプ氏が1月20日に正式に大統領に就任した後も、トランプ氏を引きずり降ろそうとする既存の古いエスタブリッシュメントの策略が続いていくことだ。歴史上の大統領でリンカーン、ガーフィールド、マッキンリー、ケネディは暗殺された。レーガンは暗殺未遂で終わった。それはすべて当時のキング・メーカーであるエスタブリッシュメントと対立したのが原因なのだ。今我々に必要とされているのは、そういった事実を知った上で、同盟国であるアメリカの政策、そして世界を見ていく最も重要なリテラシーなのだ。

Make America Great Again! Make Japan Great Again!

 

トランプと花札を

ごきげんよう、ダーデンです。

11月8日に行われた米大統領選の結果は議会選も共和党の圧勝で不動産王ドナルド・トランプ氏が勝利を手にしました。トランプ大統領の誕生です。こんなに興奮した大統領選は初めてでした。トランプ氏は遂にアメリカも手に入れてしまったのです。まさしく成り上がりのアメリカン・ドリームを体現する男ですね。一方、民主党の宇宙人、あっ、ヒラリー・クリントン氏は過半数に及ばず敗北です。完全に予想を裏切る形の結果となりました。市場関係者もまさか!と思ったことでしょう。その日はダウも一時700ポイント以上下げ、円高ドル安が進みました。日経平均も一時1000円以上下落しました。評論家もマスメディアも支援者たちも誰も予測できなかったトランプ氏の逆転勝利に慌てふためいたわけです。

アメリカは50の州からなる広大な国土を持つ超大国です。そして覇権国家としてい世界をけん引し続け「世界の警察」として自負してきました。アメリカは様々な人種が暮らす移民国家でもあります。そのアメリカが揺れ動いているのです。本当のアメリカを知りたければ田舎に行けば分かると言われます。ニューヨークのタイムズスクエアやサンフランシスコ、ラスベガスなどの観光地はアメリカではありません。田舎に行けば本当のアメリカを見ることができます。今回トランプ氏が勝利を手にすることができたのは、その田舎に住む「普通」のアメリカ人の票だったのです。隠れトランプ票とされるアメリカ国民の本音の一票だったのです。

映画監督のマイケル・ムーア氏は2016年10月21日にオハイオ州ウィルミントンで行われた試写会でこんなことを言っていました。「デトロイトで財界の会合に出席したトランプがフォードの役員たちを前に、もしメキシコへの工場の移転を進めたら、逆輸入される車には35%の関税をかけてやる。そうすれば誰もフォード車など買わないぞと脅しをかけた。驚くべき発言だった。これまでそんなことを言える政治家は民主党にも共和党にも一人もいなかった。その言葉はミシガンやオハイオペンシルバニアの人々の耳には心地よい歌声のようだった。トランプは人々の苦しみに訴えかけている。そして中間層から追い落とされた人々の多くがトランプを支持している。彼らはトランプのような人間爆弾が現れるのを待ち望んでいたのだ。自分たちを隅に追いやった社会に対して爆弾を投げつける時がくるのを待っていた。選挙の日、失業し、家を追い出され、家族にも見捨てられ、車も持っていかれ、何年も休むことさせ許されず、最低の医療しか受けられず、すべてを失った人々の手にたった一つ残ったものは、1セントもかからないが憲法で保障された投票する権利だ。彼らは一文無しで家もなく繰り返し踏みつけられてきた。しかし、投票日にはそのすべてに対する仕返しができる。億万長者も失業者も同じ一票しか持ってない。そして中間層からの脱落者の数は億万長者より遥かに多い。すべてを失った人々が投票所に現れ投票用紙を受け取り、投票箱の前で、彼らの人生を破滅に追い込んだシステムのすべてをひっくり返すことを約束している候補者の名前にチェックを入れる。それが、ドナルド・J・トランプだ。トランプの勝利は史上最大の“FUCK YOU”になるだろう。」

アメリカのエスタブリッシュメントも変化しているのです。ベルサイユ条約の失敗で学んだように第二次世界大戦の後に日本を痛めつければ否定的な感情を抱いた人間たちが何を支持するようになるかわからないので、天皇制を残してアメリカは温情的な国だとイメージづけたように、これはアメリカ国内の状況にも言えることです。グローバリズムへの反発をクリントン氏もトランプ氏も意識していた。だが、トランプ氏の方が直接的で本音を代弁してくれたのです。彼の戦略は大当たりです。

イギリスのEU離脱も「ブリテン・ファースト」だった。もともとグローバル化が始まったアメリカ、イギリスで反グローバル化の流れが起こっている事実に目を向けなければならないのです。アメリカの大統領はもう戦争でアメリカ国民を殺せないという前提がある。イラク戦争で何千人もの若い命が失われた。もう俺たちやんなっちゃったよ!と叫ぶように、超大国アメリカは、今や「世界の警察」を降りようとしています。

アメリカから遥か遠く離れた地で、莫大な軍事予算を費やしてまで「世界の警察」を続けるのはもう嫌なんでしょう。2007年のリーマン・ショックからまだ完全に立ち直れていない。国の財政も圧迫し、アメリカは定期的に軍需産業による武器の在庫処分セールのために、民主主義の正義の名の元という建て前で、自ら作り出した世界秩序を自ら破壊するマッチポンプのように戦争をしまくり、傷だらけになりながら疲弊してきました。もう自国のことで精いっぱいになったのです。アメリカは、そもそも戦前は「世界の警察」などやる気のない国だったではないか。アメリカは定期的にモンロー主義に向かう時期があり、イラク戦争後がその時期なんだと思います。トランプ氏も「アメリカ・ファースト」を掲げ、その流れに乗っていると見えます。うまく操られてトランプ大統領に心変りがなければの話だが。

ここでトランプ氏のマニフェストを見てみましょう。
移民の制限
・メキシコ国境に壁
イスラム教徒の入国禁止
・難民受け入れの制限
・不法移民の強制退去
外交
・対中強硬政策
・対露宥和政策
・対日、対韓防衛負担の増額
その他
・対富裕層課税の強化
・TPP反対、NAFTA廃止
大麻合法化
・対企業課税の強化
相続税の禁止
低所得者層の所得税廃止
・利益団体への寄付税制の強化
・関税の大幅強化

正しいか正しくないかという軸と、不快か痛快かという軸が対抗していて、昨今のアメリカをはじめとする先進国の一部は、正しくなくても痛快だという思いが、正しくても不快だという一群よりも強い力をもっています。密度で言えば、正しいか正しくないかを別として痛快な方を支持したいという思いが強くなっているわけです。トランプ氏を大統領にさせたくないから投票所に行く、クリントン氏を大統領にさせたくないから投票所に行くというさせたくない方の思いがが有利に働いているのです。

もはやアメリカに留まらず、世界はリベラル対保守の構図ではないのです。国家主義自由主義市場原理主義、さまざま前提を覆すようなでき事が起こっているのです。そこに政治への失望と不満が織り交ざる。エリートたちは予測できなかった。トランプ氏が人種差別発言をしようとも性差別的発言をしようともトランプ氏が傷ついたアメリカを取り戻す「Make America Great Again」のインパクトが強烈に突き刺さったのです。ポリティカルコレクトネスは二の次にして、目の前で傷ついたアメリカ国民を見事に釣ったのです。これはグローバル化が進めば世界で起こる現象です。格差や貧困が拡大すれば、その上にいるいわゆるエリートからも余裕が失われていきます。社会がグローバル化によって流動的になれば競争主義が進みエリートたちもいつ転落するか分からない、という不安と恐怖と鬱屈を抱え込みます。

日本はどうすべきか。日本はアメリカの“属国”であるにも関わらず日本を民主主義だと信じ込む連中が左翼と言われ、冷戦体制終焉後も対米追従が愛国だと信じ込む連中が右翼と呼ばれるという具合に、戦後は右も左も概念が混乱しています。トランプ大統領の誕生で日本は大変なことになる!と叫んでいる評論家や専門家もいますが、俺は日本にとって恰好のチャンスがやってきたと捉えています。特に防衛についてです。トランプ氏が「てめえの国はてめえで守れ!」と言うように自国は自国で守るのが普通の国です。

日本は「軽武装×対米依存」です。いざとなればアメリカに守ってもらうんだ!というアメリカを頼る図式です。日米安保条約は日本が攻撃された場合のアメリカの出撃義務を規定していません。しかもいざとなればアメリカに守ってもらえると足元を見られ、莫大な思いやり予算を払ったり、日米地位協定や密約が示すような日本の国家主権の制約に甘んじ続けるばかりです。今こそ「重武装×対米中立化」を目指すべきだと思います。ここでは詳しく書きませんが、日本はもうパパからいい加減に自立しなければなりません。責任ある安全保障政策を、経済秩序を、自分で考えて、自分の足でちゃんと立って、日本にとってあたりまえのことをあたりまえにやればいいだけなのです。